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東京高等裁判所 昭和53年(う)425号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

論旨は、量刑不当の主張である。

所論は、要するに、被告人が本件に及んだ動機は、事業上の経費削減のためであつて、酌量の余地がある。被告人は妻子のほか身障者である父をも扶養する義務のある身であるうえ、本件につき、心から反省している。また、道路交通法違反、業務上過失致死以外に前科がなく、元来真面目な人間である。これらの点を考えれば、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑は、重きに失して不当である、というのである。

記録および証拠を精査し、当審事実取調の結果をもあわせて情状をみるに、被告人は、本件犯行当時、建材業を営んで、その営業のため、普通貨物自動車(一一トン積みダンプカー)二台を運行に供用していた者であるが、昭和五一年三月一五日をもつて、うち一台(山梨一一て二八)の自動車検査証の有効期間が満了したところ、右車両は、さきに保安基準に適合しない改造を施して積載量を増大させてあるため、いわゆる車検に合格せず、検査証に新たな有効期間の記入を得られないことが明らかであり、しかも、車検に合格するよう車体を復旧すれば、かなりの費用を要するとともに、積載量が減少して、以後、もとのような利益が得られなくなるところから、右検査証に虚偽の有効期間を記入して、有効なもののように装うことを企て、必要な印章を注文準備したうえ、原判示の各犯行に及んだものである。特に、原判示第二の犯行は、当日、積載違反の嫌疑で検挙され、警察官から検査証の提示を求められるや、忘れて来た旨申し向けて一旦帰宅し、急ぎ検査証を偽造したうえ、これを提示、行使した事案である。すなわち、本件は、その動機・態度においてなんら酌むべきところがなく、犯行により、公文書の信用を著しく毀損したのみならず、自動車運行供用者の基本的責務に背反し、自動車検査制度の趣旨を没却すること甚だくし、犯情が悪質であるといわざるをえない。

さらに、被告人は、道路交通法違反罪により、昭和四〇年七月に一回、および昭和四九年一月から昭和五二年六月いにたる間に合計八回、各罰金刑に処せられているほか、昭和四八年一〇月二九日、業務上過失致死罪により、禁錮一年、執行猶予五年、保護観察の刑の言渡(同年一一月一三日確定)を受けている。そして、本件各犯行は、右の執行猶予期間中であつて、特に身をつつしむべき時期において、あえて犯したものである。そのほか、被告人は、運転免許を取得するにあたり、年齢の不足を秘匿するため、戸籍抄本を改ざんしたことも、今回発覚しているのであって、右前科の存在とあいまち、被告人の順法精神の欠如は顕著である。

これに対して、所論の指摘する被告人に有利な事情は、原判決も十分これを考慮していることが、その「量刑の事由」の項において説示するところにより、知ることができる。のみならず、原判決は、その確定により、前記禁錮刑の執行猶予が取り消され、本件の刑とあわせて受刑するにいたるべきことをも、量刑事情のひとつとして、被告人に有利にしんしゃくしていることが判文上明白であるところ、右刑については、昭和五三年九月二二日、検察官から、甲府簡易裁判所に対し、刑法二六条第二号による執行猶予取消請求がなされたにもかかわらず、同裁判所は、同年一一月六日、これを却下し、即時抗告もなされないまま、間もなく、同月一二日の経過をもつて右執行猶予期間が満了するにいたつた結果、被告人は、もはや右刑の執行を受けないこととなつているのである。

これらの諸点を考えあわせると、原判決の量刑は、軽きに失することとなつたか否かはともかく、少くとも重きに過ぎて不当であるとはとうてい言えない。論旨は理由がない。

(なお、職権で調査すると、原判決は、その事実摘示において、本件有印公文書偽造の素材となつた自動車検査証につき「山梨県知事発行にかかる同人の記名および押印のある自動車検査証」との判示をしているところ、判文および押収されている本件の自動車検査証の体裁とを照らし合わせると、右にいう「押印」とは、右検査証最上部欄外右端にある黒色横書の「ヤマナシケン知事」との記載の末尾に、これと一部重なるようにして記載されている朱色方形の形象を指すものと解される。しかしながら、右形象は、てん書体による「公印省略」の四字を四角なわくでかこんだものであつて、昭和四五年運輸省令第八号五条にのつとり、知事の公印を押捺しない旨を示す記載であるにとどまり、山梨県知事の人格を表彰し、あるいはその同一性を表示すべき印影ではない。従つて、これを「押印」と認定判示した原判決は、事実を誤認したものといわなければならない。もつとも、右自動車検査証には、前述のとおり、「ヤマナシケン知事」との記載があり、山梨県知事の「記名」があるものということができるから、これを利用して原判示のとおり新たな検査証を作成偽造した被告人の所為が、刑法一五五条一項のいわゆる有印公文書偽造にあたることに変りはなく、結局、右事実誤認は、判決に影響を及ぼさない。)〈以下、省略〉

(草野隆一 中野武男 田尾勇)

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